<前書き>

前回、ハイターなど次亜塩素酸ナトリウムによる新型コロナウイルスの不活化について考えてみましたが、その際引用させて頂いたドイツの文献(Persistence of coronaviruses on inanimate surfaces and their inactivation with biocidal agents. J Hosp Infect. 2020 Mar;104(3):246-251 )中に、エタノールによるウイルス不活化が述べられていました。

 

前回論文の知見としては

 

・エタノール濃度70%では10分間の消毒時間でも不十分(ただしMHVという新型コロナウイルスと同じコロナウイルス科だが全く同じではないウイルスに対して)。

・SARS-CoV(以前流行したSARSの原因となったコロナウイルス)に対してはエタノール濃度78%で30秒間の消毒で十分ウイルス活性を抑制。

 

とする内容でした(あとがきでこの辺のことを述べますが、結論として30%以上のエタノールで新型コロナウイルスは不活化するようです)。

 

 

 

<本文>

今回、Emerging Infectious Diseases(Impact factor 7.185)というJournalで新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の不活化検証を行ったものが2020年4月13日に発表されていましたので紹介します。

にっくき新型を抑制しています。

 

 

 

題名「Inactivation of Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 by WHO-Recommended Hand Rub Formulations and Alcohols.

Kratzel A, Todt D, V’kovski P, Steiner S, Gultom M, Thao TTN, Ebert N, Holwerda M, Steinmann J, Niemeyer D, Dijkman R, Kampf G, Drosten C, Steinmann E, Thiel V, Pfaender S.

Emerg Infect Dis. 2020 Apr 13;26(7). doi: 10.3201/eid2607.200915. [Epub ahead of print]

PMID:32284092

 

本文中には4タイプの消毒剤の構成について紹介され、それぞれの新型コロナウイルスに対する不活化の効果と細胞障害性について評価してありました。

 

①WHO I型(オリジナル) :80% (vol/vol) エタノール, 1.45% (vol/vol) glycerol, and 0.125% (vol/vol) hydrogen peroxide.

②WHO II型(オリジナル):75% (vol/vol) イソプロパノール, 1.45% (vol/vol) glycerol, and 0.125% (vol/vol) hydrogen peroxide.

WHO I型(改良型)80% (wt/wt) エタノール, 0.725% (vol/vol) glycerol, and 0.125% (vol/vol) hydrogen peroxide.

④WHO II型(改良型) :75% (wt/wt) イソプロパノール, 0.725% (vol/vol) glycerol, and 0.125% (vol/vol) hydrogen peroxide

その他に99.5%の高濃度エタノール(CAS 64–17–5) なども希釈して検証してありました。

尚、消毒の時間は30秒で統一してありました。

 

 

③WHO Ⅰ型(改良型)では希釈濃度を

タノール 80% (wt/wt;ウェイトパーセント)= エタノール 85.5% (vol/vol;ボリュームパーセント)

と、①WHO Ⅰ型(オリジナル)のボリュームパーセント(80% vol/vol)より高めにエタノール濃度を設定してあります。

 

希釈液の単位が重量のパーセントと、容積のパーセントが混在しているためややこしいですが、重量のパーセント(wt/wt)は希釈するときに重さの割合で薄める方法で、容積のパーセント(vol/vol)は希釈時にメスシリンダーや計量カップで薄める方法です。

 

 

Figure 1. doi: 10.3201/eid2607.200915. 原著より引用

 

 

新型コロナウイルスの抑制率ですが、エタノール消毒群がパネルAとCです。

 

パネルAは①を10%刻みで希釈して使用し、それぞれの希釈率でウイルスの抑制率を見ています。

パネルCは③(改良型)を10%刻みで希釈し、それぞれの抑制率を見ています。

 

 

まず、抑制率(Reduction factor)ですが、これは本文中に以下のように示してあります。

 

 

簡単に言うと治療群とコントロール群の差を表すものですので、効き目が大きいとRFは大きくなります。

 

【パネルA】80%エタノール(vol/vol)による抑制率RF>3.8が40%以上の希釈率で達成されています。

【パネルC】85.5%エタノール(vol/vol)による抑制率RF >5.9が40%以上の希釈率で達成されています。

 

つまり、エタノール濃度の高いほうがウイルス不活化の効果は高く、エタノール濃度としては容積の希釈倍率であれば32%以上の濃度で新型コロナウイルスの不活化に有効となります。

 

 

結論の項には”ethanol and 2-propanol were efficient in inactivating the virus in 30 s at a concentration of >30% (vol/vol).”

 

つまり、エタノールもイソプロパノールも容積の希釈濃度で30%以上であれば、30秒間の消毒で新型コロナウイルス不活化に有効であるとのことです。

 

 

Firure 2.として、単純な高濃度エタノールを薄めたもので検証してありましたが、

 

doi: 10.3201/eid2607.200915. 原著より引用

 

 

こちらを見ると、

確かに30%濃度のエタノールでRF>5.9のウイルス抑制が達成してありますね。

 

 

 

<まとめ>

エタノールで消毒する際は30%以上の濃度のものを使いましょう。

市販の手指消毒用エタノールはだいたいそのくらいの濃度からありますのでしっかり擦り込んで使いましょう(今回の文献的には30秒間使用が望ましい)。

高濃度エタノールは引火しますので、喫煙者の方はエタノールやアルコールで手指消毒をした後、すぐにライターを使用しないようにして下さい。キッチンの奥様や旦那様も、お子さんもその点注意してください。やけどしないようにお願いします。

 

 

 

<あとがき>

前回紹介した論文(Persistence of coronaviruses on inanimate surfaces and their inactivation with biocidal agents. J Hosp Infect. 2020 Mar;104(3):246-251 )とは有効なエタノール濃度が倍以上異なりますが、これは検証対象のウイルスが異なるためか、何か条件が違うのか、もう少し前回の論文を読み込む必要がありますね。

 

→孫引きしたところ、根拠となる論文中では78%という濃度のエタノールをピンポイントで消毒に利用しているだけで、ウイルス不活化に有効な最小のエタノール濃度を検証しているわけではありませんでした。H.F.Rabenau, et al. Stability and inactivation of SARS coronavirus. Med Microbiol Immunol.2005; 194(1):1-6

 

また、前回論文はあくまでSARS-CoVや同じコロナウイルス科のMHVに対するエタノールによるウイルス不活化についての知見でしたので、今回読ませて頂いた新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する貴重なデータを最終結論として覚えておこうと思います。

 

 

しかし、ひとまず市販されているエタノール消毒剤も使えそうなので安心しました。

 

 

匂坂正孝 M.D., Ph.D.(医師、医学博士)

 

 

 

(2020年4月21日 追記)

 

SARSコロナウイルスやMERSコロナウイルス、インフルエンザAウイルスなど、エンベロープウイルスの多くにエタノール濃度42.6%から効き目があるとするその他の文献も追記しておきます。

御興味のある方は読まれてみて下さい。

 

題名「Efficacy of ethanol against viruses in hand disinfection

著者:G. Kampf
雑誌:J Hosp Infect. 2018 Apr; 98(4): 331–338.

 

 

Efficacy against enveloped viruses

Ethanol has been shown to be effective against various enveloped viruses [14]. Beginning at a concentration of 42.6% (w/w) ethanol is effective within 30 s against SARS coronavirus, MERS coronavirus, ebolavirus, influenza A virus including the human type H3N2, the avian type H3N8 and human type H1N1, influenza B virus, HIV, HBV, vacciniavirus, duck hepatitis B virus, togavirus, pseudorabies virus, Newcastle disease virus, bovine viral diarrhoea virus, zikavirus, herpes simplex viruses type 1 and 2 and RSV [5], [14], [15], [16], [17], [18], [19], [20], [21], [22], [23], [24], [25], [26], [27], [28], [29], [30], [31], [32], [33], [34], [35]. Ethanol is effective at 73.6% (w/w) against HCV in 15 s and 30 s but not at 40% [16], [35], [36].

(原著より引用)